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昭和の思い出 EXPO70

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EXPO2050

2025年日本国際博覧会は、2025年4月13日から10月13日までの184日間、日本の大阪府大阪市此花区夢洲で開催されました。

閉幕して、1ヶ月以上が経っていますね。
ネットで入場券購入と個人情報問題、一杯3000円の立ち食いそば、メタンガス、大屋根リングの外国産木材、子供たちの課外授業、前売り券販売の不振などなど・・、万博に興味がない私にも、多くの問題点が耳に入ってきます。

EXPO’70

前回の万博を振り返ってみましょう。
私が、小学4年生のとき、EXPO’70が開催されました。
いまでも、よくおぼえています。

「人類の進歩と調和」というテーマ。

シンボルは、太陽の塔、パビリオンは、100以上ありましたね。入場料は、覚えていません。

私は、幸運にも、親父の会社の慰安旅行として、万博に行くことができました。死ぬまでには、二度とないと思っていたので、万博に行けて、とても嬉しかったのを覚えています。

一泊二日、移動距離を考えと、一日目の午後、二日目の午前、実質の見学時間は、一日ほどでした。大阪市内には、宿が取れなかったので、大津まで戻りました。会社の慰安旅行も兼ねていたので、宿での宴会、バスの道中も、とても楽しかったです。

博覧会会場は、人混み、どこを見ても、人人です。それに加えて、夏休みだったので、とても暑かった。アメリカ館、ソビエト館、日本館などのメジャーなパビリオンは、大行列で、見ることはできませんでした。

太陽の塔だけは、生で見ることができただけ満足でした。

どのパビリオンに入ったのか、全く覚えていません。きっと小4には、展示物が退屈だったのでしょうか。ただ、家族旅行だけで、とても楽しくて、楽しくて、幸せだった思い出しか残っていません。

EXPO’70は、私にとって、思い出深く、両親には、感謝しかありません。

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